『草枕』読書感想

作品:草枕/作者:夏目漱石/投稿日:2025-08-31

「人の世をば、歌よみに与ふるなり」で始まる『草枕』は、写生と哲学の間をたゆたう旅の書だ。峠の温泉場で画工が見出すのは、人生の苦から距離をとる「非人情」の美学。しかし読んでいると、その非人情は冷淡さではなく、過剰な感情の渦から自分を救うための静かな姿勢に思える。那美という存在は謎めいて、現実の女性であると同時にイメージの装置でもある。風景描写は音楽的で、句読点のリズムが心拍と同調するようだ。筋は薄くとも、考えること自体の愉しさが頁をめくらせる。旅先の湯気に包まれた時間の停滞が、むしろ思索を加速させるという逆説。実景から抽象へ、再び実景へ戻る循環の快さが、読後に長く残った。