『雪国』紹介と感想:窓に重なる像を読む
移動中の窓に見えるものは、外の風景と内側の人の像を重ね合わせる。どちらか一方をはっきり見るのでなく、重なりとして知覚するところから、作品独特の感覚が始まるように思う。人と景色が互いを照らしながら、実体から少し遠のくのだ。美しさを味わいつつ、人物が像として見られ…
文学と、日々のあいだ。
日本の近代から現代までの文学作品を紹介し、さまざまな観点から感想を綴るテキストオンリーのブログです。
移動中の窓に見えるものは、外の風景と内側の人の像を重ね合わせる。どちらか一方をはっきり見るのでなく、重なりとして知覚するところから、作品独特の感覚が始まるように思う。人と景色が互いを照らしながら、実体から少し遠のくのだ。美しさを味わいつつ、人物が像として見られ…
宗助にとって過去は、済んだ話として保存されていない。普段の暮らしが続いていても、あるつながりから再び近づいてくる。そのため不安は、目の前の出来事の大きさと釣り合わないほど強くなる。読者は事情を知るにつれ、穏やかな日々が忘却の上にあるわけではないと気づく。表面上…
吉原近傍の子どもたちの季節の移ろいを描く『たけくらべ』は、言葉の襞に光が宿る作品だ。美登利と信如の距離は縮まらず、むしろ社会の仕組みが二人の運命を先取りしてしまう切なさがある。一葉の文体は繊細で、地の文の音楽性が独特だが、そこに生活の手触り…
手記の外側に別の視線が置かれることで、葉蔵が自分に下した判断は唯一のものではなくなる。他人に見えていた姿と本人の感じた生には差がある。その差をどちらかの間違いとして埋めずに残す構成が印象的だ。人は自分を知り尽くしているとも、他人に理解し尽くされるとも言えない。…
豊太郎は自分がどう追い詰められたかを詳しく語るため、読者はまず彼の内側に立つことになる。しかし、その説明の丁寧さが、行動の責任を薄める働きもしていないかと感じた。弱さを告白する人が、必ずしも相手の傷を十分に見ているとは限らない。彼の言葉を疑い切るのでも信じ切る…
手紙では、目の前の相手との会話とは違い、考えを長く押し出せる。そのぶん、自分の望む関係を言葉で先に作ろうとする力もある。語りの中へ手紙が入ると、出来事の説明から、相手へ働きかける言葉へ調子が変わるのが面白い。告白は内面を明かすだけでなく、現実を動かそうとする行…
危機から離れれば元どおり、という終わり方にはならない。体験の痕跡が残ることで、二人が見てしまった世界の反転は消えないのだ。怖い話を楽しんだあとにも、初めのように動物を眺められるのかが気になる。罰が済んだから終わりと整理するより、何を知ってしまったのかを考えたい…
馬締は人付き合いで滑らかに振る舞えなくても、言葉へ向ける注意には独自の強さがある。不得意な場面だけで人物を測ると見えない力が、仕事との出会いで現れるのだ。単に隠れた才能が認められる話としてではなく、環境によって同じ性質の意味が変わる話として読める。本人が変わる…
エリスを豊太郎の恋の相手としてだけ見ると、物語は青年の挫折へまとまりやすい。けれども彼女にも暮らしがあり、将来を託す切実さがある。豊太郎には帰る国と経歴がある一方で、関係の破綻が彼女にもたらすものは同じではない。二人の立場の非対称さを考えると、悲恋という言葉だ…
店を離れた場面では、お力を包む空気が変わって感じられる。仕事の役割から一時的に離れても、抱えているものを置いていけるわけではない。歩くことで気分がほどける期待と、どこへ行っても続く重さが重なる。行動の意味をはっきり説明しないため、読者もその足取りに付き合うこと…