『高瀬舟』読書感想
罪人を京から島へ運ぶ小舟での短い対話に、善悪や生死観の深淵がのぞく。弟を安楽死させた罪を負う喜助の平明な口ぶりに、読者は戸惑いながら耳を傾ける。見張りの庄兵衛は当初、法の外側にある行為を断じようとするが、語りを聴くうちに揺らぐ。その揺らぎが作品の核心だ。鴎外は結論を提示せず、読者の中に判断の余白を残す。短さゆえに一語一語が効き、川面の静けさが倫理のざわめきを際立たせる。近代国家の刑罰と個人の慈しみが交差する地点で、価値の座標が曖昧になる瞬間を、確かな筆致で捉えた名品だと思った。