『雁』紹介と感想:窓と通りがつくる距離
『雁』は、東京の町を舞台に、お玉と学生の岡田とのかすかな接点を描く小説だ。お玉の暮らしの事情と、通りを歩く岡田の時間が並び、同じ出会いが二人に同じ意味を持つとは限らないことが見えてくる。窓から通りを見る側と、その前を歩く側では、場所の意味が異なる。近くにいても、生活の条件は簡単には交わらない。その差が、部屋と道の配置によって具体的に感じられる。視線は境界を越えられても、身体や暮らしが同じように移れるわけではない。町の風景を丁寧に追うと、距離は何歩離れているかではなく、どれだけ自由に動けるかでもあるのだと思えた。大きな約束が交わされる前の、期待だけが育つ時間に心を引かれた。すれ違いを運命の一言にせず、それぞれの生活と知り得ることの違いから読み直したくなる作品だ。