日本文学ブログ

『やまなし』紹介と感想:五月の景色に走る緊張

作品:やまなし作者:宮沢賢治投稿日:

『やまなし』は、川底に暮らす蟹の親子の世界を、五月と十二月の二つの場面で描く童話だ。水の光や泡の動きが鮮やかで、人間の目線を離れて流れの中へ入るような読書になる。五月の場面では、きらめく水の美しさと、命が脅かされる瞬間が近くにある。自然はきれいだから安全なのではない、と川底の視点が教えるようだ。急な動きに驚く蟹たちと一緒に読むと、風景が生き物同士の関係として立ち上がる。怖さを長く説明せず、見えるものの変化で示すため、読者の身体も一瞬こわばる。光の描写が、その緊張をかえって鮮やかにしている。言葉の意味をすべて確定しなくても、音や色の変化から感じ取れるものがある。短い二枚の景色を往復すると、水の中の小さな世界が、命の不安と恵みをともに抱えているとわかる。