『門』紹介と感想:夫婦の静けさの内側
宗助と御米の会話には、長く一緒にいる人同士の親しさがある。同時に、外の世界へあまり開かれない生活の狭さも感じられる。その静けさを幸福とも孤立とも一言で決められないのが印象的だった。互いが支えであるからこそ、二人だけでは動かせない不安もある。大げさな告白をしない…
文学と、日々のあいだ。
日本の近代から現代までの文学作品を紹介し、さまざまな観点から感想を綴るテキストオンリーのブログです。
宗助と御米の会話には、長く一緒にいる人同士の親しさがある。同時に、外の世界へあまり開かれない生活の狭さも感じられる。その静けさを幸福とも孤立とも一言で決められないのが印象的だった。互いが支えであるからこそ、二人だけでは動かせない不安もある。大げさな告白をしない…
白羽と恵子は、ともに周囲の期待へうまく収まらない面を持つが、だから互いを理解し合えるとは限らない。社会への不満が似ていても、相手に求める役割が違うからだ。型から外れた人同士なら自由な関係ができる、という期待が揺さぶられる。恵子が何を望み、何を外から説明されてい…
大きな冒険を描かず、二つの時期を置くだけで、川の世界に奥行きが生まれる。間にある月日は直接書かれていないのに、蟹たちが生き続けていることを想像できる。対照を探すだけでなく、変わらずそこにある水や家族にも目を向けたい。変化と持続を同時に感じられるから、短編の終わ…
丑松が猪子蓮太郎へ向ける敬意には、自分には難しい生き方への憧れがある。自らの立場を引き受けて語る人に出会うことで、沈黙以外の道が想像できるようになるのだろう。ただ、誰もが同じ仕方で声を上げられるわけではない。憧れることと、その姿を自分に課すことの間には距離があ…
李徴が何を先に頼み、何を後から思い出すかを見ると、自分でも認める欠点が語りの中に現れている。説明している内容だけでなく、話す順序が人物を示すのだ。家族への思いがあっても、名を残したい願いが先に出る。その矛盾は、自己分析ができれば行動も変わるという期待を揺さぶる…
鼠をめぐる探索では、直接一緒に過ごす時間より、残された手がかりから友を考える時間が長く感じられる。相手を知っていたという感覚が、知らなかった部分によって揺さぶられるのだ。友情は会っていた頃の記憶だけで完結しないのかもしれない。謎を追う筋の中に、失われた関係を引…
十二月には、水の中へ落ちてくるものが違う意味を帯びる。上から来るものは危険だけではなく、香りや楽しみをもたらすこともあるのだ。二つの季節を並べることで、同じ場所が恐れと期待の両方を持つとわかる。自然を優しいとも残酷とも一言で決められないところが好きだ。待つ時間…
留学官吏の青年がエリスとの恋と出世の板挟みで崩れていく『舞姫』は、自己物語の語りの癖そのものがテーマ化される作品だ。一人称独白の昂ぶりは時に芝居がかっているが、そこにこそ青年の自己演出と近代日本の外面主義が映る。国益と個人幸福の対立は古典的…
終盤の軽やかさを、すべてが治ったという意味で受け止める必要はないと思う。長く続く不調の中にも、世界の感じが変わる瞬間はあり得る。その一瞬を小さすぎると切り捨てず、作品の中心に置くところが魅力だ。短編の時間も、その変化に見合う長さになっている。大きな希望を約束し…
料理店での注文といえば、客が食べたいものを伝える行為を思い浮かべる。しかし、この店では客の側に指示が積み重なっていく。題名の言葉は変わらないのに、誰が誰へ求めるのかが反転するのだ。初めから目の前にあった仕掛けに後で気づく楽しさがある。読み返すと、怖さは突然加わ…